日本在住の台湾人映画監督:黄インイクがお送りする不定期コラムです。

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文 / 黄インイク

台湾を席巻する「焼脳神劇」

2019年11月から2020年2月までの台湾での放送以来、既にアジア各国で放送され始めている大ヒットドラマ『時をかける愛』(原題:『想見你』和訳:あなたに会いたい 英題:『Some day or One Day』)は短期間で爆発的な人気を得ており、その斬新なスタイルから「焼脳神劇」と呼ばれています。

中国語の流行語「焼脳神劇」とは、サスペンスや謎解きのジャンルで脳を燃やすほど夢中になるような神ドラマや、「考えることが止まらない」ことを指す絶賛の形容詞です。私は本作が台湾のドラマ賞(金鐘獎)を取ったタイミングでようやく全編(13話)を一気に鑑賞しました。流行から少し遅れたタイミングで観たのですが、近年の台湾ドラマやジャンル映画を沢山見るなかで、このドラマの気質の独自さに驚き、夢中になりました。日本でも多くの人に知ってほしくなり、日本語の紹介文を書くことにしました。

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もちろん、ここ5年間台湾ドラマの品質が向上しているのを自分は誰よりも感じていますが、そのほとんどが実はジャンルドラマです。職人劇やホラー、サスペンス、派手な恋愛ドラマなどが多く、雰囲気も韓ドラっぽさがあるのですが、2000年代の台湾ドラマが日本ドラマを学んでいたように、近年の台湾ドラマは韓ドラのようなテンポの速い編集と展開の速い脚本構成が多いと感じています。
21世紀FOXの主要事業部門であるFOXネットワークス・グループが出資した今作は、全く新しいジャンルを開拓したとまでは言えませんが、台湾のドラマや映画によくある青春時代の純愛ドラマをベースに、タイムスリップ、SF推理、謎解き、サスペンスをうまくミックスさせ、毎話「一体どういうこと?」と思考が止まらなくなるようなエンタテインメント性たっぷりのドラマです。
時間軸の設定がとても複雑な今作は、毎話で時空と役柄、精神の転換により主人公が1999年に起きた殺人事件の謎が解いていきます。5ヶ月の撮影は順撮りではないので、全体的に制作チームと一人多役の俳優陣に対して相当至難の業だと想像できます。二人の脚本家を中心にストーリーが制作された今作は、近年韓ドラでもよくある制作パターンで、結果論でいえば台湾ドラマの気質(少しコメデイーと悲劇を重なる青春劇の典型台湾ドラマ)を残しつつ、脚本に理論的な部分が加わった作品にもなります。脚本家と監督によると、「メビウスの帯」の時間軸をアイデアにしたストーリー構想から始まったようです。
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このドラマの注目ポイント

ネタバレしない程度に軽く説明すると、現実で愛が果たされたなかった主人公の「あなたに会いたい」という執念とある過去の無念の愛の結果、残された媒体を通して、主人公は違う時間にある「世界のもう一人の自分」に憑依し、ある意味ではタイムスリップですが、その時代の自分というよりは同じ顔のもう一人の自分の人生を借りているような設定です。
韓ドラでも良く出てくる「平行宇宙」の設定ではなく、同じ世界にあるもう一人の存在と魂のタイムスリップによって、この作品は1998年の台南と2019年の台北をメインの背景にしていますが、実は主人公二人のその10年間のうち数回のタイムスリップと数回の人生が描かれているのです。自分にとっては平行宇宙や自分の過去に戻るタイムスリップがある作品はかなり見てきましたが、同じ世界の時間に違う時期の複数の自分(タイムスリップ前、1回目のタイムスリップとその後の自分)が同時存在しているのはかなり斬新だと感じています。
SF名作『時をかける少女』で「僕は未来にあなたを待っている」というメッセージがあるように、アニメーションでたまに出てくるタイムスリップテーマではありますが、実写版になると、恐らく俳優に対する大きな試練があります。主人公のお二人は、撮影時に34歳のドラマ人気俳優である柯佳嬿と近年人気を集め始める28歳の許光漢が違う時間帯の17歳の高校生から37歳のタイムスリップ後の違う役をそれぞれで担っています。恐ろしいほど、お二人は17歳の高校生を演じてもあんまり違和感がなくできていました。
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主人公お二人とも2役の4つ以上の年齢・状態を演じますが、今作で一番の重役はやはり柯佳嬿(アリス・クー)です。2006年に新人として『一年之初』(Do Over)で映画デビューしてから、2010年代にかけて沢山のドラマ・映画で活躍した彼女は、30代前後の職場の新女性の恋愛、価値観を持った少しコメディーチックな役を演じ続けています。日本で言うなら、今の吉高由里子のような印象です。タイムスリップの作品は経験がないわけではなく、2019年前半も一本平行世界をテーマとするドラマ『如果愛,重來』(Déjà vu)を演じたようですが、評価は普通のようでした。この作品の役のかなりの演技力が要求されますが見事演じきったことで、今年のテレビ作品に贈られる名誉ある賞「金鐘獎」では疑問なく最優秀女優賞を受賞しました。
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許光漢(グレッグ・ハン)はこの作品によって短期間で高人気を得たのは間違いないです。韓国のファンも爆発的にこの一作で集まったようです。自分はそれまで彼に対する印象は割と薄いですが、昨年金馬賞の最優秀賞を取った鍾孟宏監督の名作『陽光普照』(A Sun/ 邦題『ひとつの太陽』)では、主人公ではなくシーンも少ないですが、その家族の期待を担った明るい青年とその裏のうつ病の印象が、かなり印象を残しました。ほかに出演した作品は、例えばNetflixドラマ『罪夢者』(Nowhere Man)とNHKと台湾公共テレビPTSの合作ドラマ『エックスプレス〜路』にも出演しましたが、主人公ではないため、あんまり印象がなかったです。ただ、補足として、彼が2018年に演じたトランスジェンダーを題材とする映画『海吉拉』(Hijra in Between)を見ましたが、確かに高校生〜大学生の役で、ほぼ今作の青春時代の役に似ていました。練習作、やっぱり重要です。
彼の輝きから、これからの明るい未来も想像できますが、近年ヒット後すぐ中国の商業マーケットに積極的に進出してから最終的に名声が壊されていく王大陸や柯震東の道ではなく、慎重にキャリアを進めてほしいですね。今年は既に中国番組と映画に出演し始めている彼は、引き続き要注目です。
最後に、今作で過去と未来にタイムスリップできる重要なアイテムは1996年に発売された、台湾の個性派大物歌手伍佰(ウー・パイ)の名アルバム『愛情的盡頭』(和訳:愛情の尽き)のなかの名曲「Last Dance」です。一話で10回流すほど、視聴者の耳に必ず残る曲です。聞けば聞くほど、20年前のこの曲が今作とぴったりの無念の愛に対する執念、また異様な雰囲気、さらにSF感も出ます。今作の一番重要なテーマソングになっている本曲は、放送後20年ぶりに各音楽ランキングにてヒットチャートに戻って来ました。今年4月、今作のなかで果たせなかったライブを番組で再現し、伍佰本人も出演したことで、案外に面白い番外編が誕生しました。

台湾ドラマの展望

最近放送終わったばかりの平行宇宙系の韓ドラ『アリス』もいくつの時空の軸でストーリーを重なりますが、平行世界が多すぎてお互いの関係性がうまく捉えられなくなってしまいます。前のNetflixでヒットした『ザ キング 永遠の君主』にも同じような問題が多少ありますが、平行世界系のドラマはクライマックスが見えてしまい窮地さをやや感じています。
『時をかける愛』に関しては制作水準が韓ドラまでには達してないですが、脚本とアイデアは既に水準以上の演出に達していると感じています。自分の日本生活が長くなるほど、近年は日本の方々にも見てほしい台湾ドラマがいくつも挙げられますが、韓ドラや東南アジアっぽいとか言われて欲しくない気持ちもあり、近年台湾で流行った職人劇、ジャンル映画風(犯罪、サスペンスなど)、社会批判風の各ドラマに関してはは少くなくとも海外の人に見せるには厳しさを感じています。郷土感が重すぎる作品に関しては、台湾人にしか伝わらない面白い点だけでは、なかなか海外向けには厳しいかと。今作は、そんな状況で出てきた初めての台湾ドラマです、ぜひ楽しんで見ていただきたい作品です。現在、U-NEXT、ツタヤ、ホームドラマチャンネルでご覧いただけます。
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(掲載の写真は全て「想見你」公式facebookより)