かつて同じ言葉や音楽で繋がっていた
島々の歌をもう一度集結させる
音楽プロジェクト「Small Island Big Song」とは
本映画の原題である『Small Island Big Song』は様々なメディアを通して南島語族の文化と音楽をつなげるプロジェクトの名称でもあります。このプロジェクトは現在も進行中で、監督のティムとプロデューサーのバオバオは今日も撮影・録音機材を担いで、大海原を所狭しと駆け巡っています。(コロナ渦の現在は休止中とのこと)今回の作品だけでも台湾・蘭嶼(らんしょ)から始まりオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、さらに太平洋の向こう側に位置するマダカスカル、そしてイースター島に至るまで16 の島々を訪れ、当地の音楽家たちと共同で一つのソングラインを紡ぎあげていきます。
ソングラインとは?
南島語族とは?
誰も聞いたことがない
新しいワールドミュージックが誕生した
全18曲を収録したアルバム「Small Island Big Song」完成!
このプロジェクトはまず2018 年7 月に音楽アルバムとして完成。これまでワールドミュージックの常識を打ち破る、初めて聞くサウンドに世界から高い評価を受けました。
ワールドツアー成功!島々のアーティストが初集結!!
アルバムCDが完成後すぐに、台湾・台北の「WSD(ワールド・ステージ・デザイン)2017」に出演。その後、徐々に世界のミュージックフェスティバルからお呼びがかかり、2018 年にはアメリカの「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」、バリ島の「Indigenous Celebration」、ノルウェーの「Førde Festival」と着々と回数を重ねる。そして、スペインの「Etnosur Festival」で初のメインステージコンサートとしてステージに立ちます。この時、各島々から13 人のミュージシャンが初めて集まったライブでもありました。
大海原を越えて島々旅する
“ミュージックムービー” 完成!
“音楽映画”として世界の映画祭で上映
2019 年4 月には音楽映画としても完成し、ヨーロッパ、アジア、オセアニア各地の映画祭で上映し、2020 年にはアメリカ、そして満を持して日本でも一般上映されます。
世界各地の映画祭 上映&受賞歴
2020年
- オーストラリア・メルボルン国際ドキュメンタリー映画祭2020
- WOMEX20 ワールドミュージック・エキスポ2020 フィルムプログラム部門 入選
2019年
- ニューカレドニア・Cinéma des Peuples映画祭2019 最優秀長編映画
- オーストラリア・Antennaドキュメンタリー映画祭2019
- 韓国・第15回済州映画祭2019 クロージング映画
- インドネシア・バリ国際映画祭2019 オープニング映画
- WOMEX19ワールドミュージック・エキスポ2019 フィルムプログラム部門 入選
- マレーシア・Rainforestワールドミュージック芸術祭2019
- バヌアツ・トルバ芸術祭 特別上映2019
- 島ぜんぶでおーきな祭 第11回沖縄国際映画祭
- 石垣島ゆがふ国際映画祭2019
製作者プロフィール
ロードムービーのような音楽の旅
プロジェクト誕生のきっかけは本作のプロデューサーであるバオバオ・チェン がオーストラリアでワーキングホリ デー中に、アボリジニ音楽祭で本作の監督ティム・コールと偶然出会ったところから始まります。2015 年のクリスマス直前、2 人は自分たちの所有物を全てストレージに預け、合わせて 5,000オーストラリアドル(約40万円)の予算で、オーストラリア中部にあるアリス・スプリングスから車に乗り込んで旅に出ました。
その目的は、インド洋と太平洋地域で最も尊敬さ れる有名な音楽家たちの協力を得て、グラミー賞にノミネートされるほどのビジョンのあるアルバムと長編映画を制作すること。「Small Island Big Song」 のプロジェクトは、そのように始まりました。
バオバオ・チェンからのメッセージ
世界中の海と島々を渡る中で、失われ続ける自然と文 化に懸念を覚えた私たちは、文化を深め継承している音楽家達に会いに行きました。ある者は木々のために語り、ある者は海のために歌い、ある者は最も長く続くコミュニティの音楽を継承していました。 彼らの母語で歌われる歌を、彼らの楽器で紡がれる音を、彼らの誇りである故郷の曲を、彼らにとっての重要な意味を持つ自然の中で共有してもらえな いかと声を掛けました。そして彼らが共有してくれ た曲に音を重ねて録音するかたちで、祝福の気持ちを抱きながら、新たな音楽を創り上げていったのです。
大きな海を渡り、広い心をもった音楽家達に出会うことが出来ました。気がつけば、涙が溢れる程美しい景色の中で、想像もつかないような楽器による演奏を録音し、各々が話してくれた先祖の深い歴史を学びました。マダガスカルからラパ・ヌイ(イースター島)へ、アオテオラ(ニュージーランド)から台湾の浜辺へと、海流と季節風に乗せて 5000 年以 上も人々を運び続けた歴史。オーストロネシア人、 古代の海の旅人です。 そこで私たちが出会ったのは、たくさんの笑い声と故郷への深い愛情、そして自然は支配するもので はなく、繊細な織物のようなもので、その一端を我々も担っていると信じる世界中の同士たちへの、心からの感謝の気持ちでした。そうした彼らからの音楽という贈り物を、受け取っていただきたいです。 なによりも重要なのは音楽であり、現代的あるいは伝統的な、痛切あるいは陽気な曲を、素晴らしい音楽家達の故郷で録音したその現場にいた私達と同じぐらい楽しんでいただきたい。失われるにはあまりに尊すぎる、いくつもの海を跨いだ島々の旅行記「Small Island Big Song」にどうぞお付き合いください。
ティム・コール監督の制作マニュフェスト
監督はプロジェクトの制作にあたり以下のマニュフェストを設定し、これに従って制作を行いました。
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海洋民族の子孫である彼らの母語で話し、歌い、演奏すること。(楽器は全て先祖から受け継いだその土地に残る伝統的な楽器を使用する。)
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音楽家の母国で歌い、彼らが選んだ自然のロケーションで録音 / 撮影すること。
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演奏された曲は演奏者達が選んだものを使用すること。
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制作する中でイコライザーとレベル調整は行うが、リバーブやエコー等のデジタル・エファクトは使用しないこと。
公正なクリエイションを目指して
本作は多くのアーティストによるクリエイティブな 貢献によって作られました。異なる国、異なる社会、 異なる経済的な条件の中で、プロのミュジーシャンから一般の村人、小さなコミュニティーまで、オリジナル曲から伝統曲まで構成されています。監督 たちは「ベストプラクティス」(best practice)の方法論に従い、クリエイティブなコンテンツを収集していく中で、貢献した人たちと公正な関係性を作ることに尽力しました。そこで、監督たちとコラボしたアーティストたちとのガイドドキュメントとして同意書を作られました。この契約は Media Arts Attorney Eldar Manor よって作成されました。
「Small Island Big Song」契約とビジネス実施要項
Small Island Big Song Contract and Business Practice Features
1. 公平な利益:50%の純利益はアーティストとNGOに還元する。
2. 尊敬:全てのアーティストは同じ平等で、配列は順位はない。
3. 資産:私たちは「先住民族の権利に関する国際連合宣言」による「無形な文化遺産」を扱い、特定の NGO 組織に一定な純利益を寄付する。
4. 所有権:アーティストと作曲家は自分のオリジナル曲の著作権を所有する。
5. 文化的なプロトコル:録音と撮影の過程において、アーティストは常に文化的なガイダンスとインプットに触れることができる。
6. プラスチックを使わない:CDなどの製品は紙のパッケージを使用し、環境に優しい選択肢を最優先にする。
監督インタビュー
私はこれまでオーストラリアの先住民の方々と一緒にアートプロジェクトに取り組んできました。彼らの自然と社会、双方の環境を認識して異なる考え方にも対応する様々な方法を体験させてもらうことができ、彼らを尊敬するようになりました。文字の読み書 きが始まる前のオーストラリアの先住民たちは、歌でストーリーや知識を伝承していました。例えば、どのような植物が食べても安全なのか、作物をどうやって育てるのか、水をどうやって見つけるか、社会構成をいかに管理するか、どこに集落の境界線があり、どうやっ て自分の土地をナビゲートするのか、これらは重要な知識です。
まず最初に歌があり、膨大な量の知識を記憶するために、ダンスや絵画といった他の表現もそれに加わりました。これらの歌のグループは、特定の順序で歌われ、英語話者には「ソングライン」(songline)と呼ばれています。私は幸いにもこれらのソングラインを記 録するように頼まれ、オーストラリアの様々な原住民の集落でいくつかのソングラインを録音しました。特別な許可を頂き、部族のメンバーしか聞くことが許されない、最大で 2 日間ほどかかるソングラインを録音したことは、私にとって非常に素晴らしい体験でした。 私たちに「Small Island Big Song」のインスピレー ションが訪れたのは、一番近いアスファルトの道路か ら 1000 キロほど離れた砂漠の中心地にある、オー ストラリアの都市から一番離れた先住民の集落でソングラインを録音した翌日のことでした。私は “men’s mountain” の夕日をタイムラプス撮影していると、四駆のカーラジオから「第五回 国連気候変動に関する政府間パネル (IPCC)」のニュースが耳に入ってきました。気候変動の予想レポートによると、海面上昇のため太平洋の島々が失われていくと強調されてい ました。
録音したソングラインの残響と、この悲劇的なニュースに私は心を痛めました。この時から何をするにしても、私たちはこの問題意識を取り上げて、海洋文化の「ソングライン」を記録しなければいけないという決意が生まれました。
作品解説
劇場で音楽を体感して頂くだけでも十分楽しめる本作。
だが、このサウンドがどこから生まれたものなのか、どんな意味を持つのか、文化的経緯がわかるともっと面白い。
そこで今回、考古学や文化遺産学が専門の石村先生に本作の解説文をお願いした。私たち日本人との繋がりにも触れているので是非読んでみてほしい。
石村 智 東京文化財研究所 無形文化遺産部 音声映像記録研究室 室長
音楽ドキュメンタリー『大海原のソングライン(原題:Small Island Big Song)』の主役となるのは、南島語族(オーストロネシア)と呼ばれる言語集団である。彼らは東南アジア島嶼部からオセアニア、そしてマダガスカルにいたるまでの広大な地域に居住する「海の民」である。
考古学・言語学・形質人類学などの研究成果によると、彼らの祖先は台湾を原郷とするモンゴロイド集団で、今から4000~5000年ほど前にカヌーを用いて海洋世界に乗り出していったと考えられている。そのうちの一団は、台湾からフィリピン、マレーシア、インドネシアといった東南アジア島嶼部を経由し、今から3000年ほど前にオセアニアのメラネシア地域に入って「ラピタ人」と呼ばれる集団となった。「ラピタ人」はその後、西ポリネシア地域に入って「ポリネシア人」へと変容し、さらに東ポリネシアのタヒチ、ハワイ、ラパヌイ(イースター島)、さらにアオテアロア(ニュージーランド)にまで拡散していった。また別の一団は、今から1500~2000年ほど前に、インドネシアからインド洋をわたってマダガスカルにまで到達した。
このように南島語族の人々は、共通の祖先から分かれていった人々であるため、人類学的にも言語学的にも、さらには文化的にも共通性が高い。
『大海原のソングライン』では、オーストロネシアの別々の島に暮らす人々がそれぞれ伝統的な音楽を歌ったり奏でたりするのを個別に収録し、そしてそれらを合わせていくことで壮大なアンサンブルを構成するという斬新な試みがなされている。会ったこともない別々の島の人々の音楽が、違和感なくひとつの音楽になっていく様は感動的であるが、これも彼らがもともと共通の祖先を持つ、血を分けたキョウダイのような人々であったからこそ成し得たことであると言えよう。
南島語族の音楽に共通するもののひとつとして、テンポの速い16ビートという要素が挙げられる。アフリカにも同じく16ビートが存在するが、アフリカのそれが大地に根差したうねりを感じさせるものであるのに対し、南島語族のそれはむしろ波や風のような軽快さを感じさせる。「海の民」である彼らにとって、カヌーに打ち付ける波の音や、パドルが水面を打つ規則正しいリズム、そうした生活に根差したリズムが音楽にも反映されるのかもしれない。そして、共通の祖先から分かれて何千年もの月日がたっても、海で暮らす彼らの生活や文化には、そうしたリズムが共有され続けているのだろう。
そうした意味で、この映画の原題であるSmall Island Big Songは、小さな島の音楽が合わさってひとつの大きな音楽になる様を的確に表しているし、邦題に用いられているソングラインという言葉も、共通の祖先とのつながり、そして島と島とのつながりをうまく表現していると言えるだろう。
ところで私たち日本列島の住民もまた、彼ら南島語族の人々と何らかのつながりがあるのではないかとこれまで多くの学者に指摘されてきた。例えば形質人類学者の片山一道は縄文人とポリネシア人の骨格の共通性を指摘し、言語学者の崎山理は日本語の中に南島語族の語彙が多く認められることを指摘している。さらに文化人類学者の大林太良は、魏志倭人伝に描かれた倭国(邪馬台国)の習俗が南島語族のそれに近いことを指摘している。
かつて奄美大島に暮らした文学者の島尾敏夫は、日本を太平洋の一地域としてとらえる「ヤポネシア」論を唱えた。日本列島に住む私たちも、海を通して南島語族の人々とつながっているのは事実である。そして両者の間には、今は忘れてしまったつながりがあったのかもしれない。この映画を観て、その音楽、その風景に心おどる感情が生まれたなら、それはそうした記憶が呼び覚まされたことによるのかもしれない。